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大阪地方裁判所 昭和34年(行)47号 判決 1963年11月12日

原告 株式会社いも源

被告 大阪国税局長

代理人 水野祐一 外三名

主文

原告に対する昭和三〇年一一月一一日から昭和三一年一〇月三一日までの事業年度分法人税についてした被告の審査決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実(略)

理由

一  原告がその主張のとおりの営業を営む法人であり、その主張のとおり昭和三〇年一一月一一日から昭和三一年一〇月三一日までの事業年度について所得金額を零とする法人税確定青色申告書を提出したところ、その主張のとおり所得金額一六五、〇〇〇円とする再更正決定がなされ、再調査請求をしたが棄却され、審査請求をして、所得金額を一五〇、〇〇〇円とする一部取消の審査決定を受けたこと、原告は右年度以降の申告につき青色申告書提出の承認を受けていたが、原告主張のとおり右承認の取消決定がなされた上で右更正決定がなされたことは当事者間に争いがない。

二  右再更正決定及び審査決定における原告の所得金額の認定が推計によつたものであることは当事者間に争いがない。本件において推計がはたして許される場合であつたか否かはさておき、ある推計課税の方法によつて算定された所得金額が適正であつてこれに基づく審査決定が適法であると言うためには、その所得の算定にあたつてその推計方式に合理性があり、かつ、その推計方式よりさらに合理的な推計方式が存在しないか或いはこれを執り得ない事情があることを要すると解する。

証人西浦新一郎の証言並びに弁論の全趣旨によると、被告及び大阪市南税務署長が原告の所得金額の推計に「法人の効率手引」と言う文書の記載を利用したことが認められるところ、成立に争いのない乙一号証の一と二、証人山村秀雄の証言によると、右手引は、次の如きものであることが認められる。

大阪国税局において管内八四の税務署中業種ごとに管内に多数の業者を有するところに照会して後記の如き基準に合致する個々の法人の事業年度、営業場所(大衆食堂については繁華街、料飲街、その他の区別。以下括弧内は大衆食堂についての区分である)、売上区分(現金売上と掛売上の百分比)、営業規模(収入金額、遊興飲食税額、総固定資産額、席又は部屋数、従事仲居女中数、その他の従事員数)、原価率(酒類こみの原材料費率、遊興飲食税率)、業績比率(収入金対前年比率、売上総利益率、人件費率、その他の経費率、営業利益率、個人換算所得率、総従事員一人当り収入金額、仲居女中一人当り収入金額)等の報告を提出させ(その数は同国税局管内で一業種につき一〇ないし二〇法人程度)、その中で経営の実態が良く把握されており全般的にみて中庸と認められる法人を選択してその右各項目の数値をなんら統計的操作を加えないでそのまま報告どおり記載したものである。

各税務署長が報告する法人の選択は、同国税局の指示により、不正申告を発見されて実所得の全体が捕捉された法人を優先的にし、その他は営業利益率営業規模が全般から見て中庸と思われる法人とされている。

右「手引」は、所得金額の調査の際売上げ利益率等に疑問点はないか検討する資料となるほか、所得の推計に当つて原材料の仕入額或いは従業員数等から売上金額を推計する参考資料となるが、これに記載された法人と推計されるべき法人とが営業規模等で類似していると考えられる場合以外は、これに記載された数値を機械的に適用することはしないように同国税局において指導している。右手引には、大衆食堂の業種に三法人の各項目の資料が挙げられている。その二法人は営業の場所が、大阪地区で繁華街の良の上に属する一法人(以下(イ)法人と略称)とその他の地区の良に属する一法人(以下(ロ)法人と略称)で、他の一法人は営業の場所が兵庫地区で繁華街の良に属する一法人(以下(ハ)法人と略称)である。

右事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

本事業年度における原告の総売上金額がその申告どおり二、四七八、一五二円であることは当事者間に争いがない。そして証人西浦新一郎の証言及び成立に争いのない乙一号証の一と二によると、被告及び南税務署長が右金額を真実と認めたのは、(ハ)法人の総従事員一人当り収入金額七四九、〇〇〇円に原告の期中平均従業員数七名の半数三・五名を乗じた金額がほぼ一致したためであること、そして、被告の協議官西浦新一郎は、原告の所得金額の推計方法として、(ロ)法人の数値は故意による所得の仮装隠ぺいがあつた法人に適用されるべきものと解して、(イ)法人の営業利益率一一、二パーセントを原告に適用し、ただ原告の店舗は若干美観に欠けるところがあるところからこれを下まわる一〇パーセントが適正な営業利益率と考えて前記総売上金額の一〇パーセントを営業による所得とした事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

三  ところで、右認定のとおり、右「手引」はなんら統計額的操作の加えられていない中庸的と解される法人の実績の数値のられつにすぎないのであるから、これを推計課税に使用するには相当慎重に考慮すべきであり、直接適用できるのは営業場所、売上区分、営業規模の類似した法人に限られ、その他の法人については調査の重点を定めその結果を推計に反映すべきであると解される。

成立に争いのない乙一号証の一と二、二号証、甲一号証の一ないし八によると、(イ)(ロ)(ハ)の三法人と原告を比較すると、収入金額はいずれも原告の三倍以上、総固定資産額は原告の六七三、〇〇〇円に対し(イ)法人一、〇一九、〇〇〇円、(ロ)法人五、一八六、〇〇〇円、(ハ)法人二、一五一、〇〇〇円であり、席数及び従事員数は(ロ)法人は原告の約二倍で(イ)法人はほぼ原告に一致し売上区分は(イ)法人の掛売が少く(ロ)法人が原告に類似することが認められ、他に右認定に反する証拠はない。そして、原告が大阪市内有数の繁華街心斎橋筋から二〇〇米近く離れて所在し、「手引」の営業場所の区分にあてはめると、その他の地区の良の上に属すると考えられるから、売上区分、収入金額、総固定資産額を除いては次表のとおり(イ)法人にやや類似していることが前記証拠により認められる。

事業年度

営業場所

売上区分

営業規模

従業員数

現金

収入金

固定資産

客席数

(イ)法人

30年4月

31年3月

繁華街良の上

九八%

二%

七、六八四、〇〇〇円

一、〇一九、〇〇〇円

二二

原告

30年11月

31年10月

その他良の上

八四%

一六%

二、四七八、一五二円

六七三、〇〇〇円

二〇

右のとおり(イ)法人と原告とは営業規模においては客席数と従業員数が同一に近いのに収入金額が著しく相違しているから、(イ)法人は原告に比して営業利益率が高かつたものと考えられること、及び前記認定のとおりの「手引」の成り立ち及び性質から考慮すると、原告の営業所得の推計に(イ)法人の営業利益率を標準として若干変動させる方法をとることが合理的といえる程には、両法人の営業規模は類似していないと解せられるのである。また、売上金額の推計と営業利益率の推計とで依拠する法人を異にしたのも納得し難い。更に、大阪国税局が中庸的(その意味内容も確定的と言えない)と判断した(イ)、(ロ)、(ハ)各法人の営業利益率が一〇パーセント以上あるからと言つて、原告が営業規模等においていわゆる中庸的であるか否かの検討もせずしてその利益率を一〇パーセントとすることも許されない。そして、前記認定のとおり総売上金額の推計に利用された(ハ)法人と原告とを比較すると、原告の決算書による原価率及びその他の経費率が(ハ)法人のそれとほぼ一致することは右各証拠から明らかであり、また、(ハ)法人の人件費率が一六、八パーセントである(乙一号証の二)のに対し、証人布江哲也、田中清子の各証言、成立に争いのない甲一号証の七、乙二号証によると、原告の本件事業年度の支払給与額は六三一、五〇〇円で人件費率約二五、六パーセントとなる事実が認められ、他に右認定に反する証拠はないところ、両者の差約九パーセントはこれに右乙二号証により認められる青色申告の指導を受けた黒田税理士に支払つた報酬年額三六、〇〇〇円を加えると(ハ)法人の営業利益率の数値約一〇パーセントにほぼ一致し、布江証人の供述のとおり、販売利益は人件費で喰い潰され、所得金額が零となつたことも充分考えられることである。

また、原告代表者本人の供述によると、原告の周辺には多数の大衆食堂があることが認められるから、右各営業主体中原告と営業規模の類似したものを発見することは極めて容易であり、この様な営業主体について調査した営業利益率、或いは統計学的に処理した営業利益率を原告に適用した方が、前記認定のとおりの本件推計方法よりはるかに合理的と言うべきである。

したがつて、被告が本件審査決定においてなした推計方式は合理的とは言えず、右方式によつて算定された所得金額が適正とは解することができない。

四  被告は、従来の個人営業時代の所得金額及び本件事業年度の翌年度の更正所得金額と対比して本件事業年度の所得金額についての被告の推計の正確性を主張するが、証人田中清子及び原告代表者本人の各供述によると、原告の会社設立に際し店舗の模様替え拡張などの改造ならびに、洋食の提供開始従業員の増加等営業の規模内容の変化があり、客筋も変化した事実が認められ、右認定に反する証拠はないから、原告が個人営業時代と同様の収益を挙げ得たかは疑問で、被告の右主張は必ずしも正当とは言い難い。

五  以上見てきたとおり、被告の推計所得金額は適正とは言えなく、他に被告主張の原告の所得金額を肯認するに足る証拠がないから、本件審査決定は違法であり、その取消しを求める原告の本訴請求は正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 野田殷稔 井関正裕)

第一表、第二表 略

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